神様のメモ帳7話

 仕事の妨害をしているのが錬次だと知って、なお、一人で錬次の元に会いに行った。その際、鳴海は、四代目と錬次の間に何があったのかを聞き、錬次を止めようとするが、鳴海の言葉では、錬次は止まらない。
 アリスは、錬次の襲撃の仕方に疑問を抱く。というのは、ライブを中止にしたいのならば、アーティストを襲うのが近道なはずなのに、襲われるのはスタッフばかり。スタッフを襲ったとしても、ライブはすることができるのだ。
 人の思いというものは不確かなものである。重さも形も、色も臭いも明確にすることは出来ない。そのような思いの中でなら、矛盾するものですら同居できるのである。しかし、そんな思いが、現実に写し取られたとき、大きなゆがみと痛みを生む。
 だからこそ、言葉が必要なのである。なぜなら、言葉は、残酷なまでに確かだからだ。言葉によって、思いは形をもち、同時に形にならなかった部分は死ぬ。だからこそ、言葉にするのは本人でなければならないのだろう。どこの部分を形にし、どこの部分を殺すのか、選択権は、本人にしかないのだ。
 鳴海は、バンドのメンバーから、「ライブはやる」という連絡を受け、事件のせいでストップしていたロゴのデザインのため、四代目の知り合いのヨシキの元を訪れる。その際、ヨシキは、四代目のことを、「あいつは無駄に強いし、面倒見いいから人が大勢集まってくる。しかし、あいつを支えられるほど強い人はいないから無理をしている」という。確かに、人の上に立つ人間は自分の重荷を支えてくれる人がいない場合が多く、自分の重荷を仲間の重荷で押しつぶされてしまう人も多い。
 もしかしたら、そんな四代目が唯一、自分の重荷を預けることができると思った人が錬次だったのかもしれない。

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